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 依頼を受けて四日が経った。開店の準備がある程度整った時間、いつも通りにVIPルームに居たマックは携帯をテーブルへと乱暴に投げ置く。

「何で出ぇへんねん」

 苛立ちを隠さずに吐き捨てると座り込んだソファがぎしりと音を鳴らした。

「まだ依頼人と連絡取れへんの?」

 ジャッキーが呆れたように問えばマックは「あぁ」と短く答える。
 依頼を受けた翌日から、何度携帯を鳴らしてもコールは告げるものの会話に繋がることがない。電話をする度にマックの機嫌が悪くなっていくのを、ジャッキーだけが気付いていた。

「前金渡しとんのやから、今更嘘でしたってのもないやろし」
「…………」
「単純に考えて、何かあったんやろな」
「何かって?」
「もう殺られた、とか?」
「…………」

 何かを考え込むように天井を仰ぐマックの後ろからソファの背もたれへと腰かけると、ジャッキーは「冗談や」と苦笑する。

「……お前、依頼受けたん金だけとちゃうんやろ?」

 ちらり、と視線だけを向けた後、マックは小さな溜め息を漏らした。数分の沈黙が続いて時計の秒針の音だけが響いていると、その口は静かに開く。

「昔の俺たちに見えてん」

 理由なんて、それだけで十分だった。
 ジャッキーは「そらほっとけんなぁ」と、何だかんだで優しいこの男の肩を軽く叩いた。同時に勢いよく扉が開かれると、その向こうからは明らかに朗報ではないことを伝えようとしているジョニーが眉間に皺を寄せてつかつかと歩いてくる。微々たる程度に姿勢を正すとマックはジョニーの言葉を待った。

「電話、やっぱ出ぇへん?」
「ああ。何かわかったか?」
「わからんことがわかった」
「何やそれ」

 身を乗り出したジャッキーを一瞥すると、マックへと数枚の書類が入った封筒を渡してジョニーは向かいのソファへと座った。

「浅井遙ってのが二人おる」
「ん?」
「一人は専門学校生。アフターベリーっちゅー喫茶店でバイトしてる。もちろん独身」
「独身……ならちゃうやろ。もう一人は?」
「幼稚園通っとる小さな女の子。両親健在。父親は中小企業のサラリーマン、母親は専業主婦。どっからどう見ても幸せそうな家庭。なーんも出てこん」
「その二人だけか?」
「近辺は。全国探せばもっとおるかもわからんけどね。先に調べてん、浅井マオ。      そんな奴、どこにもおらんかった」
「はぁ?依頼人が偽名っちゅーことか?」

 ジャッキーが心底理解不能という表情で大声を出す。

「従って、浅井那智も存在してません。マオってのが言ってた住所もデタラメ。出稼ぎに来とる外国人が多く住むボロアパートやったよ。携帯も調べたけど、名義売ったって路上のおっさんが」
「意味わからんやん。なんで前金渡してそんな嘘つくん?向こうなんもええことないで」

 ジョニーはジャッキーに肩を竦めてみせる。三人の視線が交わって机上へと落ちた。調査された場所や人の写真が乱雑に置かれているその中には依頼人から渡された那智という名の兄の写真も混ざっていた。

「手がかりは結局これだけか」
「でも多分、そこが突破口や」
「理由は?」
「マック言うてたやん。あの財布の落とし主と似てへんかって。ガムにあの学生証の大学分かるか訊いたら分かるって言うから調べてん」

 勿体ぶるように二人にゆっくりと視線を巡らせ、那智の写真の縁を指でなぞる。

西本那智って奴も存在してへん」

       やっぱ意味分からんわ。ジャッキーの言葉にマックは腕を組んで、再び天井を仰いだ。







 閉店一時間前。さっきまで人で溢れていたホールは随分と空間が目立つようになった。まばらに居る客たちがそれぞれに時間を過ごしている。カウンターで片付けを始めているジャッキーとジョニーを見ながら、エースは紫煙を漂わせた。

「あーもーめっちゃダルい。はよ客帰らんかな」
「アホか。ぎりぎりまで稼がんと金貯まらんやろが」
「今日はええやん。はよ寝たい」
「ここでうだうだ言うてる暇あったら仕事しろ」
「することないやん。女も男連ればっかりや」
「お前の仕事何やねん、どつくぞ!」

 ふははと笑うエースからグラスを取り上げると、ジャッキーは洗い場へと背を向ける。カウンターに置いてある瓶詰めのカシューナッツへと手を伸ばせば、それはジョニーに払われた。

「何?みんな冷たいわ」
「なら俺が優しくしてあげよっか?」

 がさりと置かれたドーナツの箱を確認すると、エースはにやりと笑って隣に座った人物の顔を覗き込んだ。

「お前、しれっとした顔でよぉ来たな」
「暇なんだよ、誰かさんたちの仕事が遅いから」

 にこりと笑って那智はカウンター越しのジョニーに「オレンジジュースちょうだい」と金を置く。どうするべきか迷ったジョニーはちらりとエースを見て、それからドリンク用のグラスを手に取った。

「で?お前の目的、結局なんやねん」

 ドーナツを漁りながらエースが尋ねると那智は「まだ秘密」と出されたオレンジジュースを口に運んだ。

「今日は眼鏡やないんやね」

 ジョニーの言葉にふふっと笑って「もう田舎から出てきた大学生演じなくてもいいとこまでは来てるでしょ?」とエースの前にある箱からドーナツを取り出す。

「で?何処まで答えに近付けたの?」
「マオも兄貴も、ついでに西本那智も存在しとらんってとこまでしか」
「ま、情報が少な過ぎたよね。だから今日はお土産持ってきたんだ」
「まさか、これ?」

 ドーナツを指差してジョニーが苦笑すると、那智は「違う違う」と大袈裟に首を振った。

「俺さぁ、あんたらのこと嫌いじゃないんだよね」

 グラスの縁をぐるぐると指でなぞりながら、那智は片肘をついて顎を乗せると何かを思い出すように笑みを浮かべる。

「あ、俺はちゃんと存在してるからね、西本那智は本名だから。調べても何も出ないけど」
「どういう意味?戸籍がないってこと?」
「そんなとこ。まぁ、でも名前くらいは知っててもらっても構わないからさ。こないだ呼ばれて、悪い気はしなかったし」

 その表情には何処となく艶のようなものが含まれていて、エースとジョニーは僅かに目を見開いた。今の那智には初めて見た日の気弱で冴えない男の風貌は何処にも見当たらず、不敵さと、強いて言うなら妖艶な、そんな雰囲気を纏っているのだ。そのギャップに素直に驚いていると、那智は持ち上げたグラスを一気に喉に流し込んだ。

「また、来るよ」

 立ち上がって背を向けると、次の瞬間にはもう出口へと向かっている。扉が閉まるとエースは後を追うために続き、ジョニーはジャッキーを呼びに洗い場へと向かった。






 店を出てからついて来る二つの足音を誘導するように、那智は薄暗いビルとビルの間へと入る。抜けた先の大通りのその道には、深夜の遊び帰りの人や客待ちのタクシーが夜の街を彩っていた。
 那智はその喧騒の中へあと半分、と来た所で足を止める。数メートル先には明るい世界、背後に在るのは夜の所為だけではない暗闇の世界。対極に立つといつも思うのだ。目前に広がる明るい世界こそが、本当はどうしようもない影を潜めていて、暗闇へと足を突っ込む隙をいつも窺っている。だったら最初から、影の中にいたほうが楽なのだと。
 ざり、と地面を擦る靴音にゆっくりと振り返ると那智は口元を上げた。

「コックさんにフードファイター。……二人だけ?」
「誰がコックさんや」
「大体合っとるやん。ま、今はどうでもええけどな」
「ごめんごめん。ジャッキーとエース、だっけ?確か」
「よぉ調べたな。何が目的かはまだ話してくれへんのやろ?」
「うん。これはさぁ、自分たちで気付いてくれなきゃ駄目なんだ」
「身体に訊いたら吐くか?」
「えー、男とヤるのはあんまり」
「そっちちゃうわ、アホ」
「俺、そっちでもええけど」
「エースは黙っとけ」

 バタフライナイフを取り出すべくジャッキーはポケットへと手を動かすと、同時に動いた那智はショルダーホルスターから銃を引き抜いた。一瞬でハンマーを起こすとその手元へと照準を合わせる。

「早い者勝ち」

 にこりと笑って武器を捨てろと合図すると、ジャッキーは静かな動作でナイフを捨てた。がしゃんと音を立てて落ちたそれを見て、那智は微かに眉を上げる。

「あれ?銃じゃないの?」
「これが銃に見えるなら病院行ったほうがええで」
「そっちは?持ってないの?」
「…………持ってへん」

 エースは両手を上げて見せたあと、ゆっくりと後ろポケットへ手を回した。那智がそこに照準を変えると、にやりと笑ったエースは棒の付いたキャンディーを取り出し外装を破ってぱくりと口に含む。

「もしかして、銃使うのはアーセナルって奴だけ?」
「臨機応変や」
「今はそれに当てはまらないんだ?」

 肩を竦めるジャッキーを見て、那智は毒気を抜かれたように「なぁんだ」と銃を仕舞った。




      




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