「ええんか?」
「フェアじゃない」
「お前、アホやな」
「よく言われる」

 笑い合うと同時にエースが一発目の拳を大きく踏み込んでくる。頬を掠ったそれを何とか避けると、は一歩下がって脇を締めた。

「接近戦ってあんまり得意じゃないんだけど」

 次に打ち込んでくるエースの拳を回避して間合いをとろうと更に下がると、さっきまで右正面に居たはずのジャッキーの姿が消えていた。「やばっ」と思わず声に出して振り返ろうとすれば、背後に回ったジャッキーに後ろ腕を捻り上げられる。

「痛っ!ちょっと!手加減しろって」
「するかアホ!折られたくなかったら吐け、全部吐け!」
「ちょ、ジャッキー!邪魔すんなや」
「お前もアホかっ!大人しくしとけ!」

 エースの怒号に更なる怒号で返すと、ジャッキーはの上着へと手を入れてショルダーホルスターから銃を抜き取った。

「えっち」
「うるさい!ちゃうわ!」

 グリップで軽く頭を叩くと、ごちっと鈍い音がして「痛っ!」とが大袈裟に叫ぶ。まるで下らないコントを演じているような空間に、ジャッキーは盛大な溜め息を吐いた。

「ほら、さっさと喋れ」
「わかった、言う。言うから手離して」
「先に言え」

 更に力を込めて腕を上げると、ちっ、と舌打ちしたは足を振り上げてジャッキーのつま先を力の限り踏みつける。その一瞬の怯みに抜け出すと腕をさすりながらジャッキーの背後に周って、足元から取り出した小型の銃を後頭部へと押し付けた。

「形勢逆転」
「銃使わんとちゃうかったんか、ずるいわ」
「よく考えたら二対一の時点で不利だよね」

 ジャッキーを引きずるように後ろに下がる。エースへの牽制も忘れずに「動いたら撃つ」と距離をとった。数メートル下がった大通りまであと数歩という辺りで、はエースに「またね」と手を振る。銃口が放され背後から気配が消えたのを悟ったジャッキーが振り返ると、トリガーを引いたの銃の先から青い炎がうっすらと上がっていた。

「ライターかいっ!」

 いつもの調子でつっこむと、はあははと笑って明かりの中へと姿を消した。






 トッポのブースの周りには気付けば音源が増えている。客がリクエストやプレゼントとして置いていくので、今夜もその日置かれていた一枚一枚を適当に流しながら店の片付けを始めた。頭の隅で「これはないな」とか「この部分だけは使えるかも」と考えながら次のレコードを手に取ると右端に[ケレブラより愛を込めて]と大きめのポストイットが貼られている。

「カンザス・シティ・シャッフル?」

 流した音楽に、けれどそれはあまり自分の好みではないと判断を下す。

「トッポ、そっち終りそう?」

 ガムがいつも通りにモップ片手に顔を出すと、トッポは「もうすぐ終わる」と隅のテーブルに置かれていた空いたグラスを手に取ってカウンターへと向かった。

「珍しい曲かけとるね」
「うん、置いてあった。でも好みちゃうわ」

 小さく笑うトッポの後ろではアーセナルが店の片付けを終えて銃の手入れを始めている。VIPルームから出てきたマックがジャッキーとエースから連絡はあったのかと尋ねれば、「まだないよ」とジョニーがグラスを伏せた。

……か。何が狙いなんやろな」
「さぁ。敵意は感じらんかったけど」
、そんな悪い奴ちゃうと思うけどなぁ。猫好きって言うてたし」
「関係ないやん」
「あるよ!動物好きに悪い奴なんておれへんねんて」
「夢見すぎや」

 呆れて溜め息を吐くマックは近くの椅子へと座ると、流れている音楽に「この曲、どっかで聴いたことあるな」と呟く。

「マックこういうの興味ないやん」
「ないけど、なんかな、どっかで」
「映画やろ」

 シリンダーを拭きながらアーセナルが静かな声でそう言った。

「あー……あ!お前と観たあのつまらんやつか。何やっけ?」
「ラッキーナンバースレヴン」
「それそれ、それの曲や」
「それ、俺も観た。面白かったけどなぁ」

 ジョニーが苦笑するとマックは「俺は眠くなった」と笑う。

「でもあれラッキーナンバー7てタイトルちゃうかった?」
「原題はスレヴンやねん」
「ふーん」
「どっちでもええわ」
「どういう意味なん?」
「映画に出てくる馬の名前」
「馬の映画なん?」
「ちゃうけど、そこから色々あんねん。スレヴン・ケレブラっちゅー      
「ケレブラ?」

 踵を返してトッポがジャケットを取りに行くと、貼ってあったポストイットを持って戻ってくる。

「これ、何か意味あんのかな?」
「ケレブラってのも馬?」

 覗きこんだガムが尋ねるとアーセナルは映画の内容に思考を巡らせた。

「ちゃう。確かどっかの言葉でバッドドッグって意味が      

 がたん、と大きな音を立ててマックが立ち上がると同時に、全員の頭の中でかちりと何かがはまる音がした。

「……悪い、犬?」
「その映画に何か関係があるってこと?」

 映画を観た三人は劇中に出てくるキーワードを考える。

「バッドドッグに繋がるならグッドキャットか?」

 辿り着いたそれをアーセナルが呟けば「何それ?」とトッポが首を傾げた。

「殺し屋の名前。でもあれCATやなくてKATやったで」
「言葉遊びみたいなもんちゃう?よーわからんけど」
「あ!」

 ガムは大きな声を出すと大袈裟にぽんっと拳で掌を打った。

が前に言っとった。良い猫を探してるって」
「関係大有りみたいやね」

 トッポがポストイットに視線を落とす。

「もう一回ちゃんと調べてみるか」

 鳴り終えた音楽の後、マックの声は静かに響いた。






 それぞれが書類の束やPCのデータを見ながら一時間程過ぎた頃、店の扉が荒々しくも重く開かれる。ジャッキーとエース、冴えない顔の二人に「どうやった?」とマックが尋ねれば「逃げられた」と肩を落とした。わざわざ訊くまでもなく表情を見ればわかったはずだ。それなのに敢えて尋ねたマックに「意地悪やなぁ」とジョニーは苦笑する。
 互いに報告を終えるとジャッキーはから奪った銃をアーセナルへと渡した。

「……あいつのか?」
「ルガーのブラックホーク、そっちは本物やろ?あー、思い出しても腹立つ。なんでライターて気付けへんかったんやろ」
「小型じゃなかなか判別もつかんやろ。頭に突きつけられとんのやったら尚更や」
「それでもやっぱ腹立つわ」

 アーセナルが嫌味ではなく鼻で笑う。

「あ、そういえばガム、表にお前が飯やっとった白猫おったで。腹空かせとんのちゃう?」
「ならちょっと行ってくる」

 外へと向かうガムにトッポもついて行く。目を細めて怪訝に自分を見つめるマックと視線がぶつかり、それから逃れるようにカウンターに置いてあったミネラルウォーターのキャップを外すと、ジャッキーは一気に喉に流した。

「お前まで犬猫に情が移ったんちゃうやろな?」
「ちゃうわ。外で足元にまとわりつかれてみ?うっとおしくてたまらんわ」
「それでも飯やりに行け言うたやないか」
「言ってへん。ただ腹空かせとんのと違うか?って言ったんですぅ」
「同じや」
「あーもーうるさい。ただの気まぐれってことでええやん」
「俺、ジャッキーがこないだ店の残りもんやっとるの見た」
「お前はホンマ黙っとけ!」

 にやにやと笑うエースにジャッキーはばつが悪そうにそっぽを向くと、マックは大きな溜め息を吐いて「エイトルールにお前の名前も足さなあかんか?」と頭を抱えた。
 その遣り取りを黙って見ていたジョニーは持っていた書類の束から数枚を抜き取るとマックへと渡す。そこに視線が落とされる前に「マックもこないだ餌やっとったってのは言わんほうがええの?」と笑いながら暴露すれば、今度はジャッキーがにやりと笑ってマックの肩に手を置いた。

「情が移ったか?」
「…………ただの気まぐれです」





    





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