うーん、どうしよう。と店の裏路地へと腕を引かれながらは考えた。
 カウンターに集まっていた店の人間たちは確実にこのやりとりを見ていたはずだ。それは、つまり、ここで下手にこいつらを叩くことが得策ではないということである。

「あの、さ、ここはひとつ、仲直りってことでどう?」
「は?」
「お前びびってんの?とりあえず誠意ってもんを      

 胸倉をぐっと掴まれて凄まれると「おーい」と後ろから声をかけられる。
 さっきまで店のホールで働いていた店員      ガムがにこにこと笑いながら近づいてきて、を掴んでいる男の腕を捻り上げた。

「いたたたたた。何だよっ、お前!」
「最近ちょっと派手に遊び過ぎちゃったね。怖いお兄さんたちに囲まれる前に、もうこの店には来んほうがええよ」
「離せよっ」

 別の男が拳を振り上げると、その方向を見もせずにすっと交わす。無駄のない動きにが関心を示していると、一人の男が上着を脱いだ。鍛え上げられたその身体から勢いをつけて出された腕をガムはひらりと流すと、くるりと回った身体の下から蹴り上げた長い足を男の下顎へと叩き込み、それは鈍い音を立てる。自分に何が起こったのかもわからない男は、次の瞬間、地面へと崩れ落ちて気を失った。

「はいはい、おしまい。あ、ちゃんと連れて帰ったってや」

 倒れた男を引きずるように逃げ出す男たちを見送って、ガムはの襟を正した。

「大丈夫?いつもはこんな柄悪い連中ばっかちゃうでこの店」

 人懐こい笑みでへと向かい合う。視線を重ねた時間は三秒にも満たないが、互いにそれ以上の時間の流れを感じていた。

「あ、ありがとうございました」

 頭を下げた後に眼鏡を持ち上げて礼を言うは、再び気弱な男へとモードを変える。

「ううん、大丈夫ならええよ。連れがおんの?今日はもう帰ったほうがええかもね」
「友達に誘われて来たんですけど、全然戻ってこなくて。あ、友達って言っても大学で今日逢ったばっかりの人で、何か人数合わせがどうのこうのって。……ってこれ、完璧置いていかれちゃってる感じですよね、はは、かっこわる」

 肩を落として情けなく笑う仕草が何処となく小動物のようで可愛い。日頃から動物を拾ってくるなと怒られてはいるけれど、この場合、人間も含まれるだろうかとガムは口元を緩めた。それを見て自分が笑われたと勘違いしたは眉を下げる。

「大学受かって引越してきたのはいいんですけど、友達が全然出来なくて。初めて講堂で話しかけられたから嬉しくてこんな慣れない場所までついてきちゃって……でもこれじゃあ笑い話ですよね」
「ごめん、そんなつもりで笑ったんちゃうよ。友達なんてそのうち気付いたら出来るって」

 ぽんっと肩を叩いて励ますと、は少しだけ安心したようにこくりと頷いた。

「あの、また来てもいいですか?」
「うん、いつでもおいで。今度は変なのに絡まれんようにね」

 店の向こうにある通りから響くクラクションが夜の闇へと消えていくのを聞きながら、二人は笑みを交わした。





 店の扉にクローズの札がかけられると、それぞれが後片付けをしながら一日の報告をするのが日課だった。売上を数えるマックを横目にジャッキーが「そういえばあの連中どうなったん?」と話題を振ると、ジョニーはグラスを拭きながら答える。

「カモくんが連れて行かれてすぐ、ガムが片付けに行ったやろ」
「は?お前ほっとけ言うたやろが。何構っとんねん」
「ガムはエースみたいに薄情ちゃうからな」
「根暗は黙っとけ」

 エースの言葉にトッポが「根暗ちゃうし」とぼそり呟くと、ガムがモップを回しながら「まぁまぁ」と宥めた。

「とりあえず暫くはあいつらも来んのとちゃう?もし来ても俺が追い払うわ」
「あーあ、客が減ったなぁ」

 ジャッキーがため息を吐くと、売上を金庫へと仕舞ったマックがつまらなさそうに椅子を引く。

「ま、問題起こされるよりマシやろ。カモにされた奴らが店来んくなるのとプラマイでゼロや」

 「せやけどなぁ」と食いかかるジャッキーに「はよ洗いもん終わらせろ」と話の打ち切りを示すと、座ったテーブルの下に見慣れない財布が落ちていることに気付いた。拾い上げて中身を確認すると、金の他に会員カードやポイントカードが入っている。ミスドのカードに至ってはあり得ない位のポイントが貯まっていて、それを想像するだけで胸焼けしそうだ。顔写真付きの学生証を見つけると、マックはその名前を見てぴくりと無意識に指が動いたことに気付かない振りをして「落としもんやで」と財布を高く持ち上げて見せた。

「めんどくさ。何でそんなもん落とすねん」
「貰っといたらええんちゃう?」
「アホか、セコい泥棒やってんちゃうぞ」

 学生証を取り上げたエースが「……ってさっきのカモやん」とガムへと投げつける。ひゅっと空を切るように飛んできたそれをキャッチすると、そこに写る顔に「ホンマや」と視線を落とした。

「せっかくカモを回避できたのに、結局財布落としていくなんて鈍臭い奴やな」

 瓶詰めされた柿の種を口に投げ入れながらエースが笑っていると、マックは「まぁ」と言葉を続けた。

「明日にでも取りに来るやろ。それより明日の昼、依頼人と逢うで。次の順番誰やった?」
「エースとアーセナル」
「ならアーセナルだけでええわ。明日14時な」

 こくりと頷くアーセナルに「銃は置いてけよ」と釘を刺してマックは奥のVIPルームへと向かう。

「何でエースちゃうんやろ?」

 ガムが疑問を口にすれば「そら、すぐ事を大きくするエースよりは黙って座っとるアーセナルのほうが話進め易いからやろ」とジャッキーがさらりと言ってのけた。

「何でもええわ。俺、話し合いとかめんどいし。実戦だけでええもん」

 瓶の半分以上をすでに平らげているエースが興味なさ気に呟くと、扉を閉める前に振り返ったマックが「それ、経費お前の給料から引くからな」と手元を指す。

「あ、サンドイッチも引いといてや」

 ジャッキーが叫べば、了解と手を振ってその扉は閉ざされた。

「ちょっとくらい大目に見てや」
「ちょっとちゃうやろが!」










 穏やかな午後だった。照り付ける太陽に日陰を追い求めてしまう夏も終わりを告げ、気付けばいつの間にか空気の涼しさに何処か淋しさを感じなくもない。そんな季節が始まろうとしている。
 依頼人に指定された海沿いのオープンカフェには、ランチタイムもピークを過ぎた時間、何組かの客がアフタヌーンティーを楽しんでいた。
 店員に「二名様ですか?」と尋ねられる。「あとで一人      」と答えるべく口を開けば、一番端の海側の席に座っていた小学生位の少年がギギッと音を立てて椅子から腰を上げた。その瞳はしっかりとマックとアーセナルを捉えている。訝しげに瞳を細めたマックに「なんや、まだガキやんけ」とアーセナルの舌打ちが聞こえた。




「えっと、浅井遥さん?」
「ママの代わりに来た。体調崩して来れないから」

 こんな話、付き合ってられんわ、とアーセナルは運ばれてきたコーヒーを口に運んだ。
 自分たちに辿り着いた経緯も、紹介された名刺もきちんと出してきた。質問にはきちんと答える。そこに嘘はなさそうだと判断したマックは、本題に入るべく、こほん、と咳をひとつ払う。

「それで、お母さんが頼もうとしていたことって」

 マオと名乗る少年は一枚の写真をテーブルへと置いた。隠し撮りされたかのようにピントがずれて、ぼやけているそこには一人の青年が写っている。

「お兄ちゃんを捜してほしい」

 それまでずっと黙っていたアーセナルが写真を取って一瞥した後、マックに渡す。「俺ら、人捜しは受けてな      」と断ろうとすれば、それはマックによって制止された。
 最近、この手の依頼がちらほらと混ざる。始末屋、なんて裏稼業の看板下げて限られた人間にしかその存在は知られていないはずなのに、エイトを預かった辺りからどうも調子の狂う依頼が増えたのだ。話を聞いた上で依頼の選別をするわけだが、今回の依頼もマックはいつも通りあっさりと断ってしまうだろうと踏んでのことだったのに、どういうわけか依頼の続きを聞くらしい。アーセナルは「はぁ」と声に出して背もたれに深く寄りかかった。

「お兄さんはどうしていなくなったの?」
「半年位前にパパが死んだんだ。それからすぐにお兄ちゃんがいなくなった」
「……訊きにくいことだけど、お父さんは何で?」
「…………」

 沈黙の後に下を向く。ぎゅっと握り締めた小さな手が、微かに震えていたのをマックとアーセナルは静かに見ていた。顔を上げて、くっと歯を食いしばる様に二人に再び向き合ったマオは真剣な表情で言葉を探している。その顔や仕草に、どうしてか幼い頃の自分たちが重なった二人は胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。
 施設に来た子供たちはその理由さえばらばらなものの、根本には「自分は独りだ」というどうしようもない孤独と絶望に苛まれている。あの頃、自分たちをとりまく環境に、今まさにこの少年が立っているように思えて仕方なかった。

「……殺されたんだ」
「……誰に?」

 ふるふると首を振るマオは、けれど今度は視線を逸らさず真っ直ぐに前を見ている。

「警察はお兄ちゃんがパパを殺したんじゃないかって……でも違うんだ。お兄ちゃんはそんなことしない、絶対に」

 マオの頼んだオレンジジュースのグラスから、水滴がたらりと流れた。手のつけられないそれは、溶けた氷が水となり底と表面の色が明らかに異なってきている。
 海から時折吹く風に潮の香りが運ばれてきて、午後のカフェは、ただ、穏やかだった。




      




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