遮断機の下りた踏切の前、カンカンカンカンと警報の鳴り響くその後ろから「?」と名前を呼ばれて振り返る。そこに立つ小さな少年は震える声で、けれどその双眸には確かな焔を灯していた。
 自分に辿り着く相手の大体は、この後に放つ言葉は決まっている。今までにだってたくさんのそれを叶えてきたけれど。

「……子供からの依頼は初めてかもな」

 小さく呟いたの声は、すぐに後ろを通った電車の音にかき消された。陽の落ちた暗い夜、通過する電車内の明かりが途切れ途切れに辺りを照らした後、遮断機の上がったこの場所には、まるで静寂だけが取り残されたようで。

「パパを殺した人を、殺してくれる?」

 今にも零れ落ちそうな泪にさえ消せない復讐という名の焔が、唯一、その存在を強調していた。






     弔いは寧日に







「テキーラ・サンライズとマティーニ作って」
「何番?」
「五番の可愛い子二人」

 そのテーブルへと視線を流した後に、ジョニーは興味なさそうにグラス棚へと背を向けた。その隣ではジャッキーが注文の入っている軽食を作っている。
 平日だというのに相変わらず人の多いクラブエイトは、今日もいつも通りの夜を迎えた。

「ガム、ホールの人手足りてるか?キツかったらマック呼んで来い」
「大丈夫。運ぶくらいならエースとアーセナルがやってくれるよ」
「あの二人、無愛想やん。客逃がしてまうで」
「女の子受けはええねんて」
「そこが腹立つわ」

 野菜スティックをカウンターに置いて、ジャッキーは次の注文に取り掛かる。奥から響くトッポの音楽を半分だけ頭に入れながら、ガムは人波に紛れた。





「一人?暇そうだね」

 隅のテーブルでちびちびとオレンジジュースを飲んでいたを数人の男が囲む。ずり落ちた眼鏡を上げながら身を小さくする仕草に、男の一人が薄ら笑いを浮かべてその肩に腕を回した。

「俺らも暇なの。良かったらゲームしない?ポーカー、わかる?」
「あ、はい。あ、いや、あの、友達を待ってて……」
「さっきからずっと一人じゃん。友達、もう帰ったんじゃない?」
「え?そうなんですか?」
「ははは、いや、知らないけど」

 男たちは隣のテーブルから使われていない椅子を寄せると、勝手にのテーブルへと座り、ポケットから取り出したトランプを切った。持っていたビールを流し込みながらへとカードを配ると、マネークリップから千円札を数枚抜き取る。それに倣って他の男たちも金をテーブルへと置くと、へと視線を集めた。

「金、賭けなきゃ盛り上がらないでしょ?」
「え?でも、あの……」
「いいから、いいから。そんな大金じゃないし、勝てば問題ないじゃん」
「そうそう、ゲームだよ、ゲーム。せっかくこんなとこ来てんだから、楽しまないと」
「えっと、じゃあ、一回だけ」
「そうこなくっちゃ」

 店内の隅でそのポーカーは喧騒から隠れるように始まった。
 2ペア、1ペア、1ペア、役無し。無し、無し、マウンテン、無し、2ペア、1ペア、ストレート。何だかんだで続けさせられたゲームは役こそ成立するも、相手の誰かがそれを上回る役を完成させて勝ちにいけない。が溜息を吐いて「あの、そろそろ……」と言いかけると、男の一人がにこりと笑った。

「あー、負けが一万超えちゃったか。じゃあ次はレート上げるからそこで取り返すといいよ。俺らも金が欲しいわけじゃなくて、ただゲーム楽しみたいだけだから」
「いえ、もう……」

 立ち上がった肩を両隣の男がぐっと押さえて、再び椅子へと戻される。

「友達来るまで、あと少しだけ、ね?」

 は困ったように笑うと配られたカードを取った。最初からトリプル9が完成している時点で思わず口元が上がる。それを見た男たちはすっと視線を交えると下卑た笑いを浮かべた。

「どうする?まだ行く?」
「はい」

 変えたカードでフルハウスが出来上がると、にっこりと笑ったに男がぷっと吹き出す。

「ごめん、すげー嬉しそうな顔してるから。ってか、わかり易過ぎて駄目じゃん」
「ポーカーフェイスって知らないの?」

 声を出して笑う男たちに恥ずかしそうに眉を下げると、は手持ちのカードをオープンさせた。

「おっ!フルハウス!それなら嬉しくて笑っちゃうね、わかるわかる」
「あーさすがに負けたぁ……と思わせて、ごめん4カード!」
「うわー、いろんな意味で、あんた、ツイてないね」

 バシバシと背中を叩かれて、は「はは」と小さく笑った。





 アーセナルはカウンターに座るとポケットから取り出した煙草へと火を点けて、深く吸い込んだ。吐き出した煙が上へと昇っていく様を見終えると、視線の重なったジャッキーへと話しかける。

「あの奥のテーブル、賭けポーカーでカモにされとる奴がおるぞ」
「またかいな。最近多いなぁ。どうせ同じ連中やろ?そろそろ痛い目見せなわからんか」
「ほっとけ。絡まれる奴が悪いねん」

 ショットグラスをカウンターに叩きつけて、横から現れたエースはニヤリと笑った。

「でもなぁ、警察沙汰になったら面倒やで」
「ならんのとちゃう?ああいうカモは泣き寝入りするんが王道や」
「脇道逸れたらどないすんねん」
「逸れん逸れん。見てみぃあいつ。だっさい格好して、いかにもこんな店初めて来ましたって顔やん。飲んでんのオレンジジュースやで。ガキか。痛い目見て、勉強して帰ればええわ。なぁ、そう思わん?ジョニー」
「……俺に振らんといてって」

 相変わらずつまらん奴っちゃのー、とエースはカウンター越しに置いてあるサンドイッチを取ると、ぱくぱくと口に含む。

「勝手に食うな、アホ!給料から引いとくからな」

 そんなん嫌やーと笑って、二つ目のサンドイッチに手を伸ばした。





「あの」

 は顔を上げると男たちを見遣る。その視線を軽く流して咥えていた煙草を灰皿へと押し付けると、男の一人が「ん?」と答えた。

「最後にもう一回だけ、いいですか?」
「やる気出たの?」

 意外だとでも言うように少しだけ眼を見開いた男は、けれどすぐに笑みを浮かべて周りをさっと見る。仲間たちは軽く頷いて、ゴーサインが出たのを確認するといつも通りに更にレートを上げる交渉をするために口を開いた。が、先に動いたのはだった。ポケットから財布を出すと中身の札を抜き取る。十数万はありそうなそれに男の一人が口笛を鳴らすと、はにこりと笑って男からカードの束を奪った。

「これ、全部賭けます。だから最後は俺にカード配らせてください」
「……カード見る前にそんな大金出して、勝負に出ちゃっていいの?」
「カードは全員で切って頂いて構いません。ズルしたと思われたくないし」

 リーダー格の男は一瞬で思考を巡らせた。四対一だ、イカサマなしでも勝てる確率は断然こちらのほうが高い。けれど、今まで負けていた目の前の気弱そうな今日のカモが、何故突然そんな自分に不利な提案を持ちかけてくるのか図れずにいる。

「だってこのまま負けて帰るの悔しいじゃないですか。自分で気持ちを込めてカードを配れば、もしかしたら良い役が揃ってくれるかもしれません」

 にこりと笑うに思わずつられて笑い返す。自分たちが今までに仕掛けたイカサマに気付いているわけではなさそうだ。ならば本当に願えば叶うと夢みたいなことを思っているのだろうか。

「……オーケー、乗った。今更、やめるのは無しだぞ」
「カード、切って下さい」

 全員で回してカードを切ると、最後に渡されたはそのカードを持って目を閉じた。「お願いします」と小さく呟く姿を見て、男たちは嘲笑する。一枚ずつ配られるカードにも、その仕草にも怪しい動きは一切ない。開始からずっとにこにこと笑っているの表情に変化はなく、男たちは視線を交えた後にカードに目を落とした。




「俺は降りる」
「俺も」

 二人がカードを伏せて置くと、男は残りの仲間の一人へと視線を移した後小さく頷いた。はそんな二人をじっと見て口を開くと「賭け金増やしていいですか?」と財布から更に十数枚の札を追加する。

「俺ら、そんなに賭ける金ないよ?」
「ある分だけで構いません。どうします?カード引きます?それとも降ります?勝ったらこれはそちらの総取りでいいですよ」

 トンッとテーブルの金を指で打つと、は氷の溶け切ったオレンジジュースをごくりと流し込んだ。

「俺も降りる」

 一人の男がカードを伏せる。残った男は一枚だけカードチェンジすると、手持ちのカードを見た後に取り出した煙草へと火を点けた。

「悪いな、どうやら運は俺にあったみたいだ」

 吐き出した煙をへと吹きかけると、カードをばらまく様にテーブルへとオープンさせる。ハートのQ、J、10、9、8と綺麗に揃ったそれを見て、仲間は声を上げた。

「すげっ、ストレートフラッシュ」
「まぢかっ、くぅー、本当、あんたツイてないね」

 ぎゃはははと笑う男たちに肩を上げてが笑い返すと、手持ちのカードを伏せてテーブルへと置いた。

「あんたらさぁ、いつもこんなことしてんの?」
「は?」
「だから、気弱そうなカモ見つけていつも無心してんのかって訊いてんの」
「負けたからって逆ギレすんなよ」
「誰が負けたって言ったよ」
「お前馬鹿なの?この役にブラフなんて無駄      

 男の一人がのカードをオープンさせると、スペードのA、K、Q、J、10が並んでいた。

「ごめんね、ロイヤル」

 にこりと笑うは先程までの気弱そうな見目ではなく、何処か不敵な雰囲気を醸し出していたが、逆上した男にそれはわからなかった。

「お前、イカサマしたろ?じゃなきゃそんな役      
「自分たちだって散々してたじゃん。それにちゃんとあんたにも思わず勝った気になれるカード、配ってやっただろ?これでフェアってもんだよ」

 テーブルに置かれた全ての金を集めると、は「ありがとね」と財布へと仕舞う。その腕をがしりと掴まれると、そのまま店の入り口まで引っ張られて外へと連れ出された。




    




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