湯船から顔を出し形勢逆転で良牙をごぼごぼと沈めると、乱馬は「で?」と切り出した。

「良牙、だいたいおめー何でに何も言わずに中国行ったんだ?」

 ぶはっと顔を上げ、息を大きく吸うとこめかみに血管を浮かべながら良牙は一瞬言葉に詰まる。
 あの日乱馬を追いかけると決めた時、まず最初に思い浮かんだのがのことだった。自分がいなくなって淋しくはないだろうかと勝手に思ってみたりした。いつも中庭で一人、弁当を広げる姿がちらりと過ぎる。日課のようになっていた昼の逢瀬は、いつしか自分の方が楽しみにしていたのだから。思い込みでも良かったのだ。自分の姿を見つけると、まるで後ろに華でも咲いたかのように無垢な笑顔を向けてくるに、もしかしてこいつはいつも俺を待ってこの場にいるのではないだろうか、と。
 けれど、まだ恋や愛というには精神が未熟過ぎる。強くなるためにもまずは一番倒さねばならない相手を倒してから、初めて男としてその情の行方を定めればいい。良牙はそう決心して中国へと渡った。……でも挨拶くらいは、との住所の書かれた紙を手にして。

「……つまり、迷って辿り着けなかったのか」

 ちゃぽん、と湯を打つ音だけが白々しく鳴る。乱馬は「アホだな」と溜め息を吐くと湯船から立ち上がった。

「ま、そのまんまを話せばいーじゃねーか。んで、一言ごめんってさ」
「それで済むか?」
「済むだろ。の性格考えろよ」
「……そうだな」

 続けてざばりと立ち上がると、風呂場を後にした。




!」

 勢いよく開けた襖の先では、テレビを囲んだ天道家の一面が団欒していた。いきなり現れた良牙に「あら、良牙くんいらっしゃい」とかすみがお茶を勧める。

「あ、すみません」
「良牙くん、いつもお土産ありがとね。明太子、美味しかったよ」
「いえ、つまらないものですので」

 正座してその場に馴染んでいると乱馬の膝が後頭部にめり込んだ。

「おい、目的はどーした」
「そうだった!」

 の姿を捜せば、すでに早乙女親子が間借りしている部屋へとこもっていた。パンダと化した玄馬の腹に乗り、もふもふと何処か楽しそうに戯れている。突然やってきた良牙と視線を交えると、はぎこちなく良牙へと笑顔をくれた。


 場所を変えて道場へと移動する。良牙がまず何を言うべきか迷っていると、くるりと振り向いたが「久しぶりだな」と笑った。

、お前なんで呪泉郷なんかに……」
「はは、乱馬と同じこと言うなよ」

 間抜けだよなぁと自分で自分を笑う姿に胸が痛んだ。もしも、あの時ちゃんとの元に辿り着いていれば、わざわざ中国まで追ってくることはなく、そんな身体になることもなかったのに。何で自分なんかを追うんだと、良牙は何処にぶつければいいのかわからない怒りをぎゅっと握り締めた。

「すまん、俺が……」
「何で良牙が謝るんだよ。俺が勝手に      
「違う、俺がちゃんとお前に……」
「良牙」

 名前を呼ばれてぴくりと肩が上がる。真摯な瞳で見つめてくるに、ただ時間が止まったように動けずにいた。

「もう、昔のことだって。それより、さ」

 照れたように、けれど本当に嬉しそうにの口元が弧を描く。それは、あの頃、毎日のように自分に向けられていた笑顔と変わりなく、良牙は懐かしく思った。

「また、こうして良牙と逢えてよかった」

 ただひとつだけ変わったことは、あの頃よりも少しだけ大人びて、それなのに可愛さは増したということだろうか。

「あ、ああ、そうか……」

 昔から、を前にするとそんな短い、人が見れば無愛想ともとれる返事しかできない自分が嫌になる。けれど、そんなことは気にせずに普通に接してくれるが好きだった。

 ……好き?良牙はふと考える。この場合の好きとは何なのか。あかねに対する好きは健全な男子が想う好意なのはわかる。ならばに対する気持ちは。

「…………」
「良牙?」

 ふいに顔を覗き込まれて、良牙は赤面しつつあの頃いつもそうしていたように片手でその顔を押し退けると「近いっ」と伏せた。
 これは所謂二股ということになるのだろうか。いや、別に付き合っているわけではないのだ。ただ、気になる相手が二人いるだけ。……それってどうなんだろう、と沈んだ気持ちが拍車をかける。
 
 こうして、響良牙の苦難の日々は始まるのだった。





「でもさ、乱馬の親父さん、パンダになれるっていいよな」
「は?」
「だってパンダだぜ?普段間近でなんかお目にかかれないよ?この家、Pちゃんっていう子豚もいるし、動物いっぱいで天国みたい」

 てへへと笑うに良牙は眉を上げる。情けないあの姿を思うと、まさか、自分がPちゃんです、などと今更言うに言えなかった。

「他に猫とアヒルになる奴もいるんだって。良牙知ってる?」
「……まぁ」

 「俺も逢ってみたいなー」と呟いて、は続けて良牙に放つ。

「案外、Pちゃんもお湯かけたら人間になったりして」
「ま、さか!」
「だよな」

 ははははは、と重なった声の一方は渇いた笑いであることに気付いたのは盗み聞きしていた乱馬のみである。



   




111205
(こんな感じの基本設定です/笑
妄想広げるために原作の「前の高校の同級生」設定から中学校設定へと捏造してます。