「土方さんは市村を可愛がり過ぎてる」
「なんだ、。男の悋気はみっともねぇぞ」
「そんなんじゃありません」
「じゃあなんだ?」
「……なんだろう?」
阿呆か。と呆れて笑った土方さんにつられて声を出して笑う。無事に日野に着いてるといいですね、と付け加えれば「あぁ」といつもの短い言葉が返ってきた。
遠イ日。
「……さん、……っ……さん!」
光の中から呼ばれた声に意識を戻せば、ごぽっと口の中に何かがこみあげる。吐き出そうにも量が多すぎるそれは、ただ、行き場を無くして開いた口から零れるばかりだ。激しくむせながら焼けるような身体中の痛みに、自分の置かれた状況を思い出す。
「ひ……ひじ……かたさん……は……」
悔しそうに顔を歪め今にも泣き出してしまいそうな年若い隊士は、うな垂れた頭を小さく左右に振った。その意味を理解することは余りにも辛く、認めたくない現実はいつだって何の前触れもなく訪れるのだと痛感する。
また護れなかったのか?私は、また護れなかったのか?
近藤さんの最期の顔と、銃弾に倒れる土方さんの姿が脳裏を過ぎる。畜生、畜生、畜生。総司と揃えた清光を握り締めて重い身体を無理矢理立たせると、すぐ傍で銃声が響いた。
「さん、その身体じゃ……もうっ……」
握り締めた刀にぽたぽたと落ちる隊士の涙には、きっと私の分まで含まれているんだろう。近藤さん、こんなときあなたなら何て声をかけるんですか。隣へ問いかけても、もう、其処には誰もいない。
は隊士へと向き直ると、その頭を小さく小突いて笑いかけた。試衛館で皆に囲まれていたあの頃のように。
「新選組、!いざ!」
「銀ちゃん、銀ちゃん」
帰ってくるなり、どたばたと足音を立てながら神楽は部屋中のドアを開けて銀時を探す。いつも座っている定位置にもテレビの前のソファにもその姿は見つからず、ならばあそこかと小さな個室のドアを思いきり蹴り上げた。
「銀ちゃん、大変アル」
「……おい、云うことはそれだけか。むしろ大変なのは俺だろ」
「今はこっちのほうがクソより大変ネ」
「何だよ、ったく。また犬でも拾ってきたのか?どうせなら金拾ってこい」
カラカラと紙を巻き取りながら銀時は大きな溜息を吐いた。どいつもこいつも配慮が足りなさ過ぎる。いや、トイレのドアを人が入っているとわかった上で無理に開けるのは最早配慮云々の話ではない。が、今更こいつらにそんなことを求めても無駄なのはわかっている。
ぬっと現れた神楽の背後の影を見上げると、雨に濡れてみすぼらしく感じるその巨大な犬の口元には、滴り落ちる血の雫をこれでもかと見せつけるように、一人の人間が銜えられていた。
「神楽ちゃん?何これ?」
いつか殺るとは思っていたが、ついにこの莫迦犬は人様を手にかけてしまったのか……餌、ちゃんとやってただろーが。などと冷静に考えた後、すぐに全身を変な汗が伝う。新八のとこの庭に埋めてしまうか、と犯罪者よろしくの思考が巡る中、神楽はあっけらかんと云い放った。
「散歩してたら落ちてたアル」
「何でもかんでも拾ってくんじゃねーよ。お前はあれか、落ちてたらクソでも拾ってくるんですか?ふざけろコノヤロー!」
神楽の拾ってきた男をちらりと見た後、銀時は神楽に向かってぶつぶつと小言を放つ。
息をしていることが確認でき、病院へ連れていこうと立ち上がれば定春の口元からずるりとすべり落ちた男は、しかしよく見れば大量の血に対しての傷は何処にも見当たらなかった。返り血にしてはおかしな浴び方をしているもんだと考えながら、着替えのためにその身体へと手を伸ばす。脱がせた白い肌にかかる鮮血は妙に艶かしく映り、触れたその肌は掌に吸い付くように柔らかい。よく見れば伏せた睫の長さや整った顔立ちも中性的で、何とも云いがたい艶がある。見慣れた吉原の妓たちの中にもこれほど雰囲気だけで呑まれそうになる人物にはまだお目にかかってねぇな、と銀時は理性が崩れそうな感覚に落ちた。
「……」
「……銀ちゃん」
「ち、違うし!興味ねーし!ってかこれ男だし!」
「何も云ってないネ」
「……血拭くぞ。濡れた手ぬぐい持ってこい」
じっと無言で見つめてくる神楽の視線が刺さって痛いが、そこには気付いていないフリで「早く行け」と促した。
「土方さんが落馬した後、さんは叫びながら政府軍へと斬りかかって行かれて……」
その時の状況を振り返り、震える声で話す隊士に島田魁はただ目を瞑っていた。鉄砲は嫌いだと云っては、土方に今の戦いの在り方を諭されていたの姿が思い浮かぶ。
「倒れたさんを何とか引きずり戻したのですが、目を覚ますと再び敵地へと……」
握り締める拳が力を増すのがわかって、島田はその掌をそっと解した。
「最期に交わした言葉は?」
「土方さんの様子を訊かれた後は何も。ただ、静かに笑って……」
一呼吸置いてその隊士は意を決したように語る。
「 最初に倒れていた時点で、さんは確かに事切れておりました。あの身体で立ち上がったことすら不思議で……。美しいほどの表情でしたが、その背中から漂う気迫は焔の翼の如く熱く、まるで 」
迦桜羅のようだった。と続く言葉に、島田は再び目を閉じた。
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101115