「ハボック」

 隊服を脱いでロッカーへと押し込んだところで、背後から聞きなれた声が俺を呼ぶ。「あ?」と声だけで返事してベルトに手をかけると、その手を包むように後ろから、かちゃりとバックルに指が触れる。

「昨夜は楽しかった?」

 からかいながら耳元に息を吹きかけて、はけらけらと笑った。      お前、今はそれ洒落になんねーよ。と血が集まりそうな下半身を隠して軽く睨むと、更なる笑い声が後ろから響く。

「ブレダ、余計なこと喋るなよ」

 ロッカーの扉越しに恨めしそうに顔だけを覗かせて文句を云えば、俺じゃねーよ。と笑われた。      クソ大佐め。心の中で罵声を浴びせても、しがない部下の俺には空しいだけかと肩を落とす。半ば諦めてくるりと後ろを向き、を抱きしめる様に羽交い絞めにするとその首筋を軽く噛んだ。

「うわっ!……なっ……」

 朱くなりながら首筋を押さえるその表情は、昨夜のあいつとは違って慣れの欠片もないもので、俺は少しだけ安心して笑ってしまう。

「有り金全部持っていかれたから晩飯奢って」

「残念でした。俺、今から夜勤。独りで腹空かして帰りたまえ」

 憎らしい顔で、べーっと舌を出すを見ながらブレダへと視線を移せば「俺は残業」と、これまた憎らしく笑われた。はぁ、と溜息を吐いてロッカーを閉めると、ばたばたと響く足音が更衣室の前で止まり、下士官がブレダに何かを耳打ちしている。
 その間にも着替えを終えたが「じゃーな、お疲れ様」と肩を叩いて出て行く後姿を何とも云えない気持ちで見送った。
 閉められた扉のこちらにひとり残された俺は、暫く立ちつくしたまま動けずにいると、がちゃり、と再び開けられた扉の向こうでがにっこりと笑って覗き込んでいる。

「ハボック少尉殿、書類不備だって」

 語尾に(笑)とでも付いていそうな顔で手招きするに、小さく肩を落とした。…が、まぁ、今夜の残業ならそんなに退屈にはならないだろうから大佐の嫌がらせも珍しく空振りかと、ロッカーから入れたばかりの隊服を取り出す。
 ついでにポケットから出した煙草に火を着けて、俺は少しだけ上がりそうになる口元を我慢しながら、の待つ廊下へと向かった。





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