東方司令部勤務三年目以降正式記録無。


 違う、違う、違う、違う。
 こんな結末を望んでたんじゃない。
 こんな終わりを見たかったわけじゃない。
 お願いだから、嘘だと云って。

 ……行かないで。







 白い服に青い服。行く道々に倒れている兵士たちの数はもう何人目だか分からない。中には知った顔もあるのかもしれない。それでも俺はただ真っ直ぐに上を目指した。間に合え、間に合えと何度も呟く。
 視界に少しだけ光の入る場所に出ると、その階段を黒い影が一気に駆け上がるのが見えた。微かに捉えたその人物は確か新しいグリードの中にいるシン国から来たと云っていた男の連れだったと記憶を探る。
 そのスピードが自分にもあれば、なんて下らない考えが一瞬だけ頭を過ぎり、それをすぐに消して階下にて応戦している中央兵へと駆け寄った。

「大総統側近のです。自分も上に向かいます」

 そう告げて階段へと踏み出す。「おい!」と後ろからかけられた声に今は答えている場合ではない。上から容赦なく降り注ぐ弾丸に、よろけながらも確実に上がっていけば「化け物め!」と何処か懐かしい響きがした。遠い昔に幾度となく浴びせられたその声を久しぶりに聞いたのは、形振り構ってられない自分がここにいるからだ。
 致命傷に至る傷が再生されていく中で、そうでない傷の熱さが邪魔をする。小型の銃や短刀をその手に握りながらも怯んでいる兵を横目に、進み出た陽の下に立てばあまりの明るさに眩暈さえした。

伍長?」

 光に慣れない瞳を細めて、呼ばれた方へと振り向けば男を捉える。少しずつ慣れてきた視界にあった人物はよく知ったものだった。

「ファルマン准尉」
「……今は少尉だ。そんなことより      

       生きてたのか。と何処か嬉しそうに見つめられる。東方司令部での思い出が懐かしく流れていく中、煙草の好きな蒼瞳の少尉と、時折遠くを見て憂い顔をしていたラストの横顔が鮮明に其処に残ったのはどうしてか。
 …だけれど今はそんなことに気をとられてはいけないと、伏せた睫をすぐに上げて身体ごと振り返った。

 刹那、はっきりと両の瞳に焼きついたその情景に思わず足が止まる。
 何十年も傍で見てきた無敗を誇る最強の眼。ラースの速さに敵う奴なんているのかよ、と悪態をつけば「試してみるか?」と不敵に笑われたのはつい昨日のことみたいだ。…それなのに、今のこの情景はどういうことなのだろう。血塗られたサーベルが、ラースの身体を貫いているなんて。

      駄目だよ、ラース。傷なんて負っちゃいけない。だって、だってその傷は……。

 瞬間、ぐっと掴まれた腕を何処か別の場所にいる様な感覚でぼんやりと見つめる。強い力で掴まれた腕の先には首を振ったファルマンがいた。

「行くな」

 真剣な眼差しで放たれたそれが自分への言葉だと気付くのに時間がかかる。

「な、      に?」

 何処へ行くなと云うのだろう。巨体の軍人を援護しに?シン国の老人を助けに?グリードではないグリードに加勢しに?      否、ラースを助けに。
 記憶と記憶が交差して、思考がうまく回らない。ここに来た目的はなんだったっけ。ホムンクルスとしての自分と、軍人としての自分。それとも      
 思ったよりも血を失い過ぎたのか、がくんと折れた膝をついて掴まれていない方の掌で顔を覆う。意識さえも持っていかれそうな暗闇の中、いつかの蒼を想い浮かべて、ぎりぎりで自我を保つ。呼吸を整えて顔を上げれば、グリードがラースのウロボロスを捕らえる寸前だった。

「ラース!」

 叫んだ声はきっと届かない。
 それでも俺は込み上げてくる感情を吐き出すみたいにその名前を叫び続ける。





     諸人こぞりて、迎えまつれ 01



         

         記憶の中で囁かれた声が、波紋の様に静かに広がった。











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