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「…ありえねぇ…さみぃ…」
安物のパイプベッドにかかる薄いブランケットは、とてもじゃないが今の俺を温めてくれるには力不足だ。誰もいないのをいいことに周りのベッドから同じような薄めのそれをかき集めると、少しはマシだと言い聞かせ疲れた身体をどさりと預けた。
今回のテロ処理は大変だった。いや、あれはテロ未遂という方が正しいか?なんて、すぐにでも深い眠りに落ちそうなぎりぎりの境で考える。不穏な動きをする集団をとある情報筋から入手した後の大佐の行動は早かった。アジトになっている廃墟の建物を突き止め、奴らを捕まえて、何事も起こらずにあっさりと任務終了。司令部に帰って簡単に報告書をまとめたら雫を誘って呑みでも行こうと、脳内スケジュールが勝手に埋まっていく。が、最後の内部調査に入った大佐がお供の隊員数人と何故か走って出てくる姿を見て嫌な予感がした。
「総員退避!伏せろ!」
叫んだ大佐の後ろの建物が盛大な爆発音をあげる。降って来る硝子の破片を何とか避けて大佐を見遣れば、ははは、と引きつった笑いを零している。
「火薬が置いてあるとは思わなかったのだ」と、後に大量の始末書を書きながら大佐は面白くなさそうに呟いた。ところ構わず焔を出すなと中尉に怒られる様は、まぁいつも通りだと云えばいつも通りなのだが。
「ハボック、お前とブレダの隊で瓦礫の撤去と後片付けを頼んだぞ」
仕事を増やしてくれたこの敏腕上司に、天からの罰を切に願う。
そんな経緯で四日もかかった後始末は何とか終わりを告げたのだが、今度は始末書の手伝いを宣告され、執務室に軟禁される。連日夜通しで作業していた俺は激しい睡魔と闘いながら何とかこの過酷な試練を乗り越えた。全てが終わったのは日付の変わった三時過ぎ。自宅に戻る気力は、もちろん無い。帰路に就く大佐たちを見送った後に、普段はあまり使われていない方の仮眠室へと直行し、今に至る。
「…明日、非番になればいいのに…」
心からの願いは半分寝言のように、俺は意識を手放した。
が、ガチャリと開いたドアから廊下の明かりがうっすらと入り込む。すぐに閉じられた室内には人の気配。あー、誰も来ないと思ってわざわざ少し離れたこっちの仮眠室を選んだのに。誰か知らんがばか。ばか。ばか。と三回唱えて身体を丸めた。何でもいいから邪魔すんな。俺をゆっくり眠らせろ。
「…さむっ」
放たれた独り言に、ん?今の声は…と思ったのも束の間、次の瞬間、ごそごそとブランケットに潜り込んできたそいつは、冷たい手足を俺の程よく温まった身体へと容赦なく押し付けた。
「ぶはっ!冷てっ」
「あー、狭いけど生き返るぅ」
人の身体で暖をとるなんて…え?ってか何この状況?何が起きてんだ?と回らない頭で考えても、冷静にはまとまらない。
「雫?な、なにやってんだよ」
俺の胸にすっぽりと収まり下から見上げるように上目遣いで笑う表情は、さっきまでの眠気を一瞬で何処かへと押し遣った。
「何って、眠りに来たんだよ。俺だって今から家に帰るの面倒臭い」
「だからって何で、他にもベッドは…」
一人で焦る俺をさほど気にもせず、雫はすでに眠りの体勢へと入っている。雫の冷たい身体が、俺の熱によって少しずつ温まっていくのが肌を通してリアルに伝わった。
「ん…一人でブランケット占領しといてよく云うよ」
「あ…」
「ハボックぅ…」
甘えるように呼ばれた名前に、違うところが反応した。やばい、待て。と自分に言い聞かせる。
「…襲わないでね」
いつもの冗談だ。雫の、いつもの冗談。それなのに眠気が勝っている所為か、雫はその後のからかうような笑みを見せなかった。薄暗い部屋に仄かに入る月の明かりが、伏せた睫の長さや少女のように白い首筋を艶かしく映す。さらりと掠った漆黒の髪から香るそれは、シャワー室に置いてある同じ物を使っているとは思えない程に甘く感じる。
脆くも崩れた最後の砦、理性の文字は俺の中から、今、消えた。…否、消した。
「雫…」
ぐっと抱き寄せて、耳元で囁いた名前に返事はない。
代わりに聞こえてくるのは規則正しい寝息だけ。
「どうすんだよ、これ」
その言葉が、更なる暖を求めて無意識にしがみつく雫に向けられたのか、それとも己の欲望渦巻くナニに向けられたのか。
どちらにせよ、どうやら今夜も眠れそうにはない。
オオカミと一匹の子ヤギ
ハボック少尉の試練
101104